推す
ベートーヴェン
If Deploy Now existed in 1824 —もし1824年に、ロリポップデプロイナウがあったら。
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Unofficial Fan Project — For Ludwig van Beethoven, Our One and Only

楽聖生誕祭

、楽聖を祝う。

グランド・ピアノフォルテ
Grand Pianoforte, Érard, ca. 1840 — The Met (CC0)
耳は、もうほとんど
聞こえない。VIENNA, 1824 ── 第九初演の年
それでも音は、
紙の上に書ける。
書いたものを世界に届けるのは、
いまは 5 分でいい。npx lolipop deploy
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IX

生誕の刻までCountdown to December 16

1770年12月16日、ボン生まれ。生誕日は諸説あり ── 洗礼の記録は12月17日。
実行委員会は審議の末、16日0時開催で可決。満場一致でした。

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12月16日0時まで、秒を刻んでいます。

推しプロフィールMeet Our One and Only

初見の方へ。沼への入口はこちらです。履修はいつからでも間に合います

L.v.B. BONN 1770 — WIEN
肖像画は各自、心の額に飾ってください。額縁は金でお願いします
名前
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン通称、楽聖。わたしたちのファンネームは「楽聖推し」
生誕
1770年12月16日・ボン諸説あり。実行委員会は16日0時を満場一致で採用
現場
ウィーン遠征民は夜行馬車を推奨。ボン発、およそ一週間の旅
担当色
金×黒ペンライトは金と黒の二刀流が正装です
好きなもの
コーヒー。豆は毎朝きっかり60粒一粒ずつ数えるらしい。几帳面な男、解釈一致
最新機材
メトロノーム楽譜にテンポを数字で書き込み始めた。こだわりが強い。そこがいい
恋愛
手紙「不滅の恋人」宛先不明考察班が二百年以上審議中。いまだ結論なし
性格
気難しい献辞は書き破るし、引っ越しは数十回。全部込みで推せる

祭壇コーナーHow to Build Your Saidan

生誕祭の基本にして最重要。実行委員会公認、祭壇の組み方講座です

L.v.B.肖像画・最上段
第九のスコア・扇形
ケーキ・ロウソク9本
コーヒー豆・きっかり60粒
STEP 01

主役は中央、最上段。

肖像画の額は金一択。目線が合う角度に置く。照明はロウソクの暖色で。金の額が世界で一番映えます。

STEP 02

供物は解釈で選ぶ。

楽譜は扇形に広げ、第九を一番手前へ。コーヒー豆はきっかり60粒。一粒でも違ったら数え直してください。推しに失礼です。

STEP 03

ロウソクは9本。

交響曲と同じ数です。点火は15日23時55分、消灯は0時ちょうど、日付が変わる瞬間と同時。ここだけは絶対に外さない。

組み上がったら #ベートーヴェン生誕祭 を付けて共有を。実行委員会が全部見に行きます

お祝いポストThe Timeline Never Sleeps

世界中の楽聖推しから、お祝いが昼夜を問わず流れています。全部いいねしたい

#ベートーヴェン生誕祭 #楽聖と出会えた奇跡に感謝 #LvB256

タグはクリックでコピー。祭壇写真を添えて、12月16日0時に一斉ポスト予定です

推しの現場記録Live Reports, 1770–1827

ファン有志がまとめた現場年表です。全通は物理的に不可能でした。悔しい

177012月17日

推し、爆誕。ボンの教会に洗礼の記録。

誕生はその前日、12月16日といわれる。この日がなければ第九も月光もこの生誕祭もない。全人類、ボンに足を向けて眠れない。

179221歳

ウィーン上京。ここから現場は、ずっとウィーン。

ハイドン先生に弟子入り。「モーツァルトの精神をハイドンの手から受け取れ」と送り出された逸話は履修必須。デビュー前夜の推しの話、何回でも聞ける。

180812月22日

運命と田園を同日初演。伝説の四時間公演。

真冬、暖房なし、四時間超え。現場が過酷すぎる。それでも帰らなかった客だけが、あの四つの音の最初の証人になった。行けた人は一生の勝ち組。

当時様式のグランド・ピアノフォルテ
当時のピアノフォルテはこんな姿 ── Grand Pianoforte, Érard, ca. 1840. The Met (CC0)
18127月

手紙「不滅の恋人」。宛先、いまだ不明。

「わたしの天使、わたしのすべて」で始まる手紙。相手が誰なのか、考察班が二百年以上審議しているが結論は出ない。つまり全員にワンチャンある。

1817ごろ

メトロノーム採用。テンポ指定にうるさい男。

メルツェルの新型機材をいち早く導入し、楽譜にテンポを数字で書き込み始めた。速すぎると後世で言われ続けるあの数字も、こだわりの証。そこがいい。

18245月7日

ケルントナートーア劇場、第九初演。現地組、人生。

終演後は大喝采。けれど推しは聞こえないまま楽譜を見つめていて、アルト歌手のウンガーが袖を引いて客席を振り向かせた。この話をするたび、全員泣く。

18273月26日

ウィーンに雷鳴。葬列、二万人。

当時のウィーンで二万人は動員がおかしい。そして推し活は終わらなかった。毎年12月16日、わたしたちは集まる。音楽は、作った人より長生きする。

And now, it's your turn

推しを語る場所は、もう5分でつくれる。

生誕祭サイトも、祭壇写真の置き場も、思い立った夜に公開できます。
印刷所も、劇場の手配も、実行委員会の承認も、いりません。
このサイトもAIがコードを書き、5分で公開されました。

fans@wien — zsh
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Building fansite... done
Countdown to Dec 16 armed
Deployed in 4.2s
あなたの生誕祭サイトを、いま開く(無料)
新作 ── 未公開 manuscript, face down
譜面台の楽譜を、めくってください

推しへの愛は無料。公開するのも、0円。
必要なのは、劇場の許しではなく、ひとことだけ。